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普通電車の旅 vol.19京急大津

開業当初は島式の1面ホームだったが、1953(昭和28)年から相対式ホームに変更。駅舎脇の大津宿守稲荷大明神は、開業当時に軌道敷となり撤去されたため、現在の場所に祀られたという。毎年2月には初午祭を開催。

龍馬亡き後、転々とし、たどりついた地が横須賀

横須賀は龍馬の愛妻、おりょうが新たな生活を始め、晩年を過ごした街。京急大津駅に近い信楽寺には彼女の墓があり、今もここで眠っている。「龍馬はおりょうを『まこと、おもしろき女』と評し、ぞっこんでした。けれど、2人の結婚生活が続いたのは2年に満たないほど。1867(慶応3)年に、京都の近江屋で龍馬が暗殺されると、以降おりょうは各地を渡り歩きました」と語るのは、よこすか龍馬会の会長・藤井さん。同会では龍馬、おりょうの研究会を定期的に開催し、歴史を検証している。「おりょうは長崎で妹・起美と海援隊士・菅野覚兵衛の婚儀を終え、土佐では龍馬の実家や覚兵衛の実家、京都では寺田屋などで暮らし、東京・築地へ。ここで西村松兵衛と知り合い、1875(明治8)年に再婚。1906(明治39)年に亡くなるまで、横須賀・米ヶ浜で暮らしました」。

晩年まで“龍馬の妻”を誇り、今は信楽寺に眠る

おりょうの生活ぶりには諸説あり、横須賀での晩年は長屋で貧乏暮らしだったという話もある。しかし、藤井さんは、「おりょうは苦労しても幸せだったのではないでしょうか。信楽寺の墓碑には『龍馬之妻』と記され、施主に妹、賛助人に西村松兵衛の名が刻まれています。終生“龍馬の妻”を誇ったおりょうの想いを、夫と妹は理解していたのでしょう」。 2006年、よこすか龍馬会はおりょうの没後百年を記念し、夫婦座像を信楽寺に寄贈した。2人並んだおりょうと龍馬。横須賀のこの地で、やっと安息の時を得たかに見える。

案内してくれたのは・・・

よこすか龍馬会 藤井 親会長

1999年、龍馬の命日11月15日に発足したよこすか龍馬会の二代目会長。会員も随時募集している。

おりょうグッズも登場!

おりょう月琴ストラップ500円

龍馬が長崎でおりょうにプレゼントしたのが月琴。信楽寺入口の秩父屋 吉岡米酒店で購入できる。

信楽寺(しんぎょうじ)

おりょうが眠る寺

1504(永正元)年に開かれた浄土宗の寺で、「三浦三十八地蔵尊」の二十七番札所。本堂にはおりょうと龍馬の等身大木彫座像が、母と夫の西村松兵衛、養子の位牌とともに祀られている。おりょうの墓は、本堂左手奥の一段小高い場所に。毎年1月に慰霊祭があり、月琴演奏が行われる。

「京急大津」駅から徒歩5分。9~17時、無休(本堂で法事などが行われている場合は、見学不可)。横須賀市大津町3-29-1

墓には「龍馬之妻龍子之墓」と記され、おりょうの想いの強さが伺える。

※こちらは2010年6月頃の情報です。