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普通電車の旅 vol.10穴守稲荷・天空橋

【穴守稲荷駅】1902(明治35)年に穴守線(現・空港線)の「穴守」駅として開業。その後、「羽田」駅、「稲荷橋」駅と名前を変え、1956(昭和31)年、羽田空港内にあった穴守稲荷の遷宮に伴い、同神社の最寄駅となったことから現在の名前が付けられた。
【天空橋駅】空港線延伸第一期工事が完成した1993(平成5)年に、海老取川の空港側に移転し「羽田」駅として開業。その5年後、「羽田空港」駅が開業した際に、海老取川にかかる人道橋の天空橋から名前を取って改称された。

駅ニ歴史アリ

穴守稲荷駅 伊藤榮治 駅長

今回話を聞いたのは・・・

穴守稲荷駅 伊藤榮治 駅長

赴任してきてまだわずかですが、昔懐かしい風景と近代的な要素がミックスした面白い街だと感じています。羽田の海や飛行場といった、他のエリアにはない特別な風景も見られますので、休日の散策にも向いているのではないでしょうか。私自身、プライベートで街歩きを楽しんでみたいですね。

穴守稲荷駅

漁業の繁栄と干拓で発展

「羽田」の地名の由来は諸説あるが、その名の歴史はかなり古い。 明治期に発行された『羽田誌稿』によると、1160年前後から漁業が行われるようになり、好漁場が近いため、次第に住民が増え始め、集落を形成するようになった。安土桃山時代には行方弾正直清が領主を務め、徳川家康が入府すると、幕府に魚介類を献上する「御菜八ヶ浦」のひとつに指定され大いに発展していった。  江戸後期になると、羽田村に隣接する湿地帯を羽田猟師町の名主・鈴木弥五右衛門が干拓し、鈴木新田が完成。現在の羽田空港敷地の基礎となる。その際に新田を守る守り神として祀られたのが「穴守稲荷」の起源である。

海老取川に集まる漁船(昭和8年頃)。

穴守稲荷駅- あなもりいなりえき -

1902(明治35)年に穴守線(現・空港線)の「穴守」駅として開業。その後、「羽田」駅、「稲荷橋」駅と名前を変え、1956(昭和31)年、羽田空港内にあった穴守稲荷の遷宮に伴い、同神社の最寄駅となったことから現在の名前が付けられた。

天空橋駅- てんくうばしえき -

空港線延伸第一期工事が完成した1993(平成5)年に、海老取川の空港側に移転し「羽田」駅として開業。その5年後、「羽田空港」駅が開業した際に、海老取川にかかる人道橋の天空橋から名前を取って改称された。