| 初詣でにぎわう穴守稲荷神社は かつては現在の羽田空港の敷地内に鎮座していた穴守稲荷神社。羽田は、江戸時代より漁業が始まり、水運と陸運が栄えた交通の要所であり風光明媚な地であった。第二次大戦後のGHQの接収により現在の地へ遷座。以来、穴守稲荷神社は地元の守り神として厚い信仰を集めてきた。 穴守稲荷駅の改札を出ると、町のマスコット「コンちゃん」(マップ(1))が出迎えてくれる。駅前商店街入口には赤い鳥居があり、まさに、駅前からお稲荷さんへの参道となっている。第二次世界大戦の終戦まもなくの昭和20年9月に、現在の羽田空港の敷地であるかつての鈴木新田が、GHQに空港用地として接収され、地元住民はもとより、穴守稲荷神社までもが、海老取川手前までの退去を余儀なくされる。そして、穴守稲荷神社が現在の地に移転してきた後、かつてあった稲荷橋駅が移転、改称されて、穴守稲荷駅は営業を開始している。 「羽田の穴守さん」として親しまれている穴守稲荷神社(マップ(2))は、江戸時代の文化元年(1804)のころ、鈴木新田の堤防決壊を防ぎ、五穀豊穣を願って祀られたことにはじまる。土手に空いた穴から風浪の害を守る稲荷として穴守稲荷と呼ばれるようになった。穴守稲荷神社は家内安全から商売繁盛、必勝祈願までと招福全般にご利益があり、また、羽田空港のお膝元とあって交通安全、特に航空交通の安全にもご利益があるとして、多くの参拝者を集めている。 水にゆかりの深い町から 駅から穴守稲荷神社とは反対側の商店街を進むと、和菓子の磯崎家(マップ(3))がある。餡が自慢の「穴守最中」が有名。バス通りの弁天橋通りには、かつての江戸前をしのばせる穴子の天ぷらが名物のゆたか(マップ(4))がある。空港線沿線には、平行して流れる多摩川に沿って羽田七福いなりが祀られている。穴守稲荷駅からは、穴守稲荷神社(招福全般)、白魚稲荷神社(無病息災)、鴎稲荷神社(開運招福)、玉川弁財天(金運長寿)が近く、ほどなく巡ることができ、正月には多くの人が巡り歩く。 稲荷社の名前も海にちなんだものが多いように、周囲を川と海に囲まれ、その発展と歴史を育んできた羽田の町。下町の情緒と活気のある街並みは、これからも、航空交通の発展を見届けて行くのであろう。 |
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