ニュースリリース

2016年11月07日

11月20日(日)開催 よこすか京急沿線ウォーク2016(第3回)
「防衛大学校開校記念祭」記念ウォーク開催について

京浜急行電鉄株式会社(本社:東京都港区、社長:原田 一之、 以下 京急電鉄)と横須賀市(市長:吉田 雄人)は、横須賀・三浦半島の魅力を発信し、集客・旅客誘致を促進するため、「よこすか京急沿線ウォーク2016」を開催しています。

このウォークは、駅をスタートし、三浦半島の見どころを巡りながらゴールまでのコースを楽しむイベントであり、2016年度も年間5回の開催を予定しています。

第3回目は、11月20日(日)に『防衛大学校開校記念祭』記念ウォークと題して開催。京急大津駅前の大津おりょうさん公園をスタートし、大津古墳群、矢ノ津坂、鴨居八幡神社、会津藩士墓地を経由して、ゴール地点の馬堀小学校まで約10キロを歩きます。
また、ウォーク当日は、1年に1度の防衛大学校開校記念祭が開催されています。
ゴール地点からすぐの場所に学校がございます。見学が可能となっておりますので、こちらもお楽しみください。
ゴールされた方には、参加記念品(ウォーク特製オリジナル缶バッチ)をプレゼント。

詳細は、以下をご覧ください。

防衛大学校開校記念祭の様子

前回開催のウォークの様子

『防衛大学校開校記念祭』記念ウォーク開催について

期日

2016年11月20日(日)

  • 荒天中止

受付時間

9:00~11:00

集合場所

大津おりょうさん公園

  • 京急線 京急大津駅下車徒歩1分

コース

全コース約10㎞、所要時間約3時間半
大津おりょうさん公園 (京急大津駅徒歩1分)⇒ 大津古墳群 ⇒ 矢ノ津坂 ⇒ 鴨居八幡神社 ⇒ 会津藩士墓地 ⇒ 馬堀小学校(ゴール受付)⇒ 徒歩で「防衛大学校開校記念祭」会場または、馬堀海岸駅へ
  • 今回は、ガイド付きコースもございます。(受付時間 9:00~10:00)

参加要綱

  • 現地集合、参加無料(事前申込は不要です。受付後に各自で随時出発します)
  • ゴール受付は15:00まで
  • ゴールされた方に参加記念品(特製オリジナル缶バッチ)をプレゼントします。
  • ヒール、ベビーカーでのご参加はご遠慮ください。
  • 携帯電話等を操作しながらの歩行は、大変危険ですので、ご遠慮ください。
  • ウォーク中の事故・負傷等については責任を負いかねますので、ご了承ください。

お客さまのお問い合わせ先

横須賀集客促進実行委員会(横須賀市観光企画課)
(TEL)046-822-8124(平日9:00~17:00)

当日の開催についてのお問い合わせ先

横須賀市コールセンター
(TEL)046-822-2500(当日7:00~)

2016年度の予定

よこすか京急沿線ウォークは、2016年度も年間5回の開催を予定しております。

日時 コースエリア
第4回 2017年1月21日(土)
  • スタート受付9:00~11:00
浦賀・久里浜エリア
第5回 2017年3月25日(土)
  • スタート受付9:00~11:00
大津・汐入エリア
  • 道路事情等により、急遽、コースエリアを変更する場合がございます。
    また、タイトル、コース等の詳細につきましては、ニュースリリースまたは、京急電鉄公式サイト「KEIKYU WEB」でお知らせいたします。

参考

大津古墳群について

大津古墳群は、東京湾側に突出した屋根上に連なる3基で構成された古墳群である。
調査の結果、1号墳が前方後円墳で6世紀後葉頃、3号墳が円墳で6世紀後葉~末葉、最も新しい2号墳は円墳で6世紀末葉~7世紀初頭頃の築造と判明しました。
こちらの古墳は、市内に現存する数少ない古墳であるだけではなく、三浦半島の東京湾西岸で確認された唯一の古墳です。

矢ノ津坂について

元々は、大変な急坂で雨が降ると膝まで埋まる悪路で「馬子泣かせの道」といわれています。
広重が描いた「浦賀近辺山中の月」は矢の津坂の中腹であろうといわれています。
坂は明治から大正にかけて地元有志が発起人になって改修工事を行い、昭和18年頃には陸軍の要請で拡幅されて現在のような状態になりました。

鴨居八幡神社について

治承4年源頼朝公鎌倉入りし、幕府の礎石を築くに当たり、三浦義澄、義盛は軍功あって後に荒次郎義澄三浦介となり当郡を領し義盛は侍所別当となり、三浦党の一族門葉最も栄えた時です。
その頃多々良四郎義春は当郷鴨居の領主として武名も高く三浦家の柱石をなしていました。
当社は義春 が源家の命を受けて、養和元年(1181年)鎌倉鶴岡八幡宮を勧請したと伝えられています。
新編相模風土記には「八幡社村の鎮守なり祭礼8月15日縁起に養和元年6月頼朝卿当縣遊覧の折勧請ありし由記せり」とあります。

会津藩士墓地について

腰越墓地には会津藩士及び家族の墓23基が存在します。
会津藩士墓の歴史は文化7年(1810年)藩主松平容衆が幕府の命令を受けて、三浦半島の海岸警備並びに台場構築の任務に当たったことにはじまります。
これは当時、漂流民の引渡と通商を求めて日本沿岸に出没する外国船に対して、鎖国をしていた徳川幕府が外敵からの江戸城を防衛するためでした。
この会津藩士墓地は開国という大きな歴史の流れの中で、江戸湾及び三浦半島を守るために活躍した藩士と幕末の横須賀を知る上で貴重な史跡です。

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