京急創立120周年 『その生き方のそばに、京急』
おかげさまで120周年。これからもたくさんの笑顔を乗せて。

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京急120年の歩み

京急120年の歩み

1899

関東に初めての電車 創業前・後

1899年(明治32年)1月21日、晴れ。
午前10時、1両の電車が満員の乗客を乗せて六郷橋から大師へ向けて走った。
それが私たちの歴史の始まりだった。

その日は川崎大師(平間寺)の縁日に当たり、参詣を兼ねて関東で初めて、日本で3番目という営業用電車が走るのを一目見ようと、多数の見物人が押し寄せた。
沿線の安全確保のために、川崎警察分署は数十人の巡査を派遣して、その整理に当たった。

資本金9万8000円、立川勇次郎を代表者とし、所有車両5両、営業路線は約2kmの単線、職員は事務部4人、運転部8人、機械部4人、路線部1人の計17人で開業したのが、現在の京浜急行電鉄の前身、大師電気鉄道であった。

開業後、名称を京浜電気鉄道と改め、京浜間全通という大きな目標に向かって歩み始めた。

六郷橋〜大師間の桜並木を行く電車

六郷橋に並行して架けた木橋を行く電車

自給自足による電力確保のため明治32年完成した川崎の火力発電所

1904

京浜間連絡の実現

1903年(明治37年)5月、海岸~品川(八ツ山橋)間が開通し、1904年(明治38年)12月の川崎~神奈川間の開通によって京浜間の連絡が実現した。
これに先だちそれぞれの終点から市街地への直通を企図して既設線の軌間を1,372mmに変更した。

また、全通をひかえてボギー電車が就役した。
76人乗りの大型車体、高速走行に備えた大出力のモーター、空気ブレーキなどを装備した画期的な車両であった。

京浜電気鉄道の路線図

京浜間全通を伝える車内ポスター

川崎車庫における1号形5号ボギー電車(原形)

1914

住宅地分譲

六郷川河畔に火力発電所を建設して、自給自足で電車を走らせていた京浜電気鉄道は、余剰電力の供給も行った。
この電力を頼りに川崎周辺には次第に工場が進出してくるようになり、京浜工業地帯の基礎が形づくられるようになっていった。

電灯電力供給事業をもとにして、沿線に移住する住民を獲得し、住民の電気鉄道利用促進をはかる目的で、生麦住宅地の造成・分譲を行った。
これは関東の私鉄では最初の住宅分譲であった。

さらに、工場誘致と住宅地造成を目的とした川崎運河の開削を行うなど、沿線開発事業にも拍車がかかった。
積極的な経営が功を奏し、しかも第1次世界大戦による好景気が続いたことから、業績も安定してきた。

大正3年に販売開始した初の分譲住宅地、生麦住宅地の区画図

川崎運河の完成。工場・住宅用地の販売開始

1925

高輪延長と品川開業

品川(八ツ山橋)終点は、国鉄との連絡上不便だったので、市電の線路を一部共用して路線を延長し、高輪ビルディングを建設して停留所とした。
このビルディングはターミナルビルの嚆矢ともいうべきもので、1階に売店、中2階と2階には20数軒の店舗を出店させた。

高輪停留所は、当初東京市中心への乗入れの一部と考えられていたが、高輪以北への延長は行われず、結局、1933年(昭和8年)高輪停留所を廃止して、国鉄品川駅乗入れを実現した。
品川駅乗入れと同時に軌間を再び1,435mmに変更した。

その後、東京市中心へは地下鉄による乗入れを計画し、東京地下鉄道と共同で京浜地下鉄道を設立したが、実現には至らなかった。

北品川駅の京浜31号車と東京市電

大正14年9月に駅ビルのはしりとして完成した高輪ビルディング

大正13年頃 高輪付近を走る東京市電(左)と55号車(右)

関東大震災で崩壊した穴守線海老取川橋梁

1898年(明治31年)

2.25 大師電気鉄道(株)創立
立川勇次郎が専務取締役(代表)に就任
本社を東京市京橋区南鍋町1丁目5番地に置く
7.25 第1回定時株主総会を開催

1899年(明治32年)

1.21 六郷橋~大師間(約2km)が開通(日本初の1,435mmの軌間を採用)
2.8 本社を川崎町久根崎19番地に移転
4.25 大師電気鉄道(株)を京浜電気鉄道(株)に変更
11.29 六郷橋~大師間で複線運転開始

1901年(明治34年)

2.1 品川延長線、六郷橋~大森停車場前間の営業開始
8.24 電灯電力供給事業開始

1902年(明治35年)

9.1 六郷橋~川崎停留所間が開通
10.17 『京浜電気鉄道沿革』を発行

1903年(明治36年)

12.5 岩田作兵衛が専務取締役(代表)に就任

1904年(明治37年)

5.8 品川(八ツ山)~八幡(大森海岸)間の開通により品川~川崎間全通、八幡~学校裏間の複線専用軌道開通
9.21 日本最初のボギー電車(76人乗りセミクロスシート型)10両を新造
10.23 雨宮敬次郎が専務取締役(代表)に就任
12.22 社長制を設け雨宮敬次郎が取締役社長に就任

1905年(明治38年)

12.24 川崎~神奈川間の開通により、品川~神奈川間全通

1906年(明治39年)

10.1 学校裏~梅屋敷間、雑色~川崎間の複線専用軌道開通(六郷川架橋を建設)

1907年(明治40年)

4.17 本社を川崎町堀之内831番地へ移転
10.24 栗生武右衛門が取締役社長に就任

1908年(明治41年)

12.- 京浜広告社と広告請負契約締結、鉄道広告営業開始

1909年(明治42年)

5.15 三浦泰輔が取締役社長に就任
10.1 横浜電気鉄道(のち横浜市電)と連絡運輸開始
10.16 横浜鉄道(現JR横浜線)との汽車電車連絡切符発売契約を締結

1910年(明治43年)

1.1 『京浜遊覧案内』を発行
7.15 仲木戸付近、横浜鉄道との立体交差化工事竣工
8.5 青木正太郎が取締役社長に就任

1911年(明治44年)

4.1 六郷川鉄橋開通
8.- 初の3扉車(90人乗り)25号形3両を新造

1912年(明治45年)

6.24 福利共済事業として「一心会」発足

1913年(大正2年)

7.1 大森変電所、鶴見変電所の運転開始

1914年(大正3年)

4.17 鶴見花月園開園
5.1 生麦住宅地の販売開始

1915年(大正4年)

10.12 手動式の閉そく信号機完成(2灯式)

1918年(大正7年)

6.28 安田善三郎が取締役社長に就任

1919年(大正8年)

10.4 創業20周年祝賀会を花月園で開催

1920年(大正9年)

10.1 線路上に特別高圧送電線架設
11.25 海岸電気軌道(株)設立

1921年(大正10年)

6.1 貨物運輸の営業開始
12.24 安田善五郎が取締役社長に就任

1922年(大正11年)

6.1 川崎運河の完成で、工場用地、住宅用地の販売開始

1923年(大正12年)

5.1 電灯・電力事業から撤退。群馬電力に売却。
9.1 関東大震災による全線の営業停止
9.11 震災による営業停止の一部運転再開
10.18 青木正太郎が取締役社長に再就任

1924年(大正13年)

3.29 市電が品川停留場へ乗り入れ運転開始

1925年(大正14年)

1.- 日本初の本格的半鋼製軽量ボギー車(旧51号形)20両の使用開始
3.11 品川鉄橋(八ツ山橋)~高輪間が開通し、路線が東京市内へ入る(高輪停留場開業)
12.27 湘南電気鉄道(株)設立、野村龍太郎が取締役会長(代表)に就任

1926

湘南電鉄の開業、京急線の骨格ができる

湘南電気鉄道は、1917年(大正6年)9月、横浜から浦賀、三崎方面へ三浦半島を一周する路線の建設を目的として設立発起人会が発足した。
しかし路線の調整に手間どり、さらに免許の下りた5日後には、関東大震災に見舞われるという不運も重なった。
経済環境は悪化し、会社設立さえ危ぶまれる状態になった。

それを救ったのが、京浜電気鉄道の大株主でもあった安田保善社で、湘南電気鉄道の発起人に加わるに当たり、その経営についてはすでに実績のある京浜電気鉄道に指導を受けるよう進言したのである。

京浜電気鉄道からは役員5人が湘南電気鉄道の経営陣に加わり、1925年(大正14年)12月、会社を設立した。
1930年(昭和5年)4月1日に、黄金町~浦賀間、金沢八景~湘南逗子間が開通。
その後、両社とも路線を延長して、翌年12月には、日ノ出町で接続を果たし、横浜~浦賀間の直通運転を開始した。

湘南電気鉄道の計画路線図

開業当時の湘南逗子駅

横浜〜黄金町間連絡線完成のパンフレット

京浜電気鉄道と湘南電気鉄道は、鉄路による接続を果たしたが、それによって戸部〜日ノ出町間の切割区間も生じた。

1927

自動車事業スタート

鉄道事業と並行しながら、乗合自動車事業に本格的に参入し始めたのもこの頃である。
最初に認可が下りたのは、川崎運河の開削によってできた川崎住宅地(現川崎区京町付近)と八丁畷停留所とを結ぶ路線で、6人乗り箱型の自動車が、1927年(昭和2年)8月27日から運行を開始した。

以降、めざましい発達をした各地の乗合自動車事業は、一時期鉄道の乗客を奪うほどであった。
しかし、地方では乱立によって経営不振に陥る会社もあった。

そこで、京浜・湘南両電鉄は、沿線のバス会社を系列化し、自らも積極的に路線を開業していった。

八丁畷〜川崎住宅行きの乗合バス

大正4年頃、高輪ビル前の京浜国道を走る乗合バス

1930

積極的な沿線旅客誘致

京浜・湘南両電鉄の直通運転に伴い便利になった三浦半島は、ハイキング普及宣伝の対象となった。
両社とも積極的な旅客誘致をはかり、新鮮さを魅力とする湘南アルプスや鷹取山などのハイキングコース、また金沢八景、馬堀海岸などの海水浴場が広く知られるようになり、東京湾汽船との連絡による伊豆大島をも対象とした。

昭和29年 ハイキング特急、6両編成の運転開始

昭和10年 女子の案内掛を乗せ、品川〜浦賀間を走った急行「大島」号

1926年(大正15年)

12.- 六郷橋~京浜川崎間の新設複線専用軌道開通

1927年(昭和2年)

8.27 八丁畷~川崎住宅地内(循環)の乗合自動車運輸開始(初のバス事業)
11.- 客車に暖房設備(電熱)設置

1928年(昭和3年)

6.- 電車2両連結(総括制御)の運転開始
12.28 六郷橋~川崎大師間の新設複線専用軌道開通

1929年(昭和4年)

6.22 神奈川~横浜(仮)駅(月見橋)間が開通(横浜駅で省線と連絡)

1930年(昭和5年)

2.5 横浜(仮)駅~横浜(新)駅間が開通
4.1 湘南電気鉄道(株)の黄金町~浦賀間、金沢八景(六浦荘)~湘南逗子間開通
4.- 電車回数乗車券を販売開始
6.24 生野団六が取締役社長に就任
7.6 湘南電気鉄道(株)が馬堀海岸海水浴場開設
7.13 湘南電気鉄道(株)が富岡駅を開業、富岡海水浴場を開設

1931年(昭和6年)

1.1 急行の運転開始(高輪~蒲田間)
1.15 臨海自動車(株)がグループ会社となる
4.1 湘南電気鉄道(株)湘南逗子駅葉山口乗降場の営業開始により、逗子線延長
12.26 黄金町~横浜間の開通により、湘南電気鉄道(株)と連絡線完成。横浜~浦賀間の直通運転開始(バス連絡廃止)

1932年(昭和7年)

4.12 品川駅前~六郷橋詰間を生麦ガード下まで路線を延長し、運行開始
10.1 横浜市との契約により、生麦~横浜駅前間を延長し、品川~横浜運行開始
11.29 本社を川崎市京町1丁目2番地1に新築し、移転

1933年(昭和8年)

1.15 蒲田乗合自動車(株)がグループ会社となる
4.1 省線品川駅へ乗り入れ開始
品川~浦賀間の直通運転開始
品川~横浜間の軌間再変更工事竣工(1,372mmを1,435mmに)

1935年(昭和10年)

2.14 望月軍四郎が湘南電気鉄道(株)取締役会長(代表)に就任
5.3 大型貸切自動車事業開始
6.28 本社を川崎市堀川町29番地に移転
高輪事務所を高輪南町17番地高輪ビルに開設
8.1 鎌倉乗合自動車(株)がグループ会社となる
9.1 梅森自動車(株)がグループ会社となる

1936年(昭和11年)

2.1 湘南電気鉄道(株)が湘南乗合自動車(株)を合併
6.- 半島自動車(株)設立
12.25 品川~上大岡間の急行運転開始

1937年(昭和12年)

8.8 湘南電気鉄道(株)が浦賀~竹岡間の汽船営業開始、湘南丸就航

1938年(昭和13年)

1.1 半島自動車(株)、臨海自動車(株)、鎌倉乗合自動車(株)の3社が合併し、湘南半島自動車(株)を設立
6.- 電車42両のトロリーポールをパンタグラフに改造(通称、改パン)
7.1 日本自動車道(株)を買収

1939年(昭和14年)

4.21 脇道譽が湘南電気鉄道(株)取締役会長(代表)に就任
9.23 電車3両の連結運転が許可
11.10 京浜タクシー(株)設立
11.11 湘南電気鉄道(株)が浦賀~竹岡間の汽船営業を廃止

1940年(昭和15年)

3.29 京浜興業(株)設立
12.19 京浜運輸(株)設立

1941年(昭和16年)

5.1 湘南半島自動車(株)が日本自動車道(株)を合併
11.1 京浜電気鉄道(株)、湘南電気鉄道(株)、湘南半島自動車(株)3社合併、社名を京浜電気鉄道(株)とする
11.25 五島慶太が取締役社長に就任

1942

戦時統合

1937年(昭和12年)7月7日、蘆溝橋で日中両軍が衝突し日中戦争が始まると、挙国一致体制はますます強化された。
翌年8月には、資本、経費の無駄を排除する目的で、「陸上交通事業調整法」が施行され、主務大臣に会社の合併勧告や実施を命令する権限が与えられたのである。

こうした社会的背景のもとに、京浜電気鉄道、湘南電気鉄道と湘南半島自動車の3社は、1941年(昭和16年)11月1日、自主的に合併し京浜電気鉄道を存続会社名とした。

合併はさらに続き、1942年(昭和17年)5月1日には、国策を先取りして京浜電気鉄道、東京横浜電鉄、小田急電鉄が合併して東京急行電鉄となり、2年後の5月には、京王電気軌道も合併した。

浜川・鈴ヶ森・総持寺駅休止のポスター

軍部の要請で着工したが、未完成で終戦を迎えた武山線(衣笠〜林間)の橋脚跡

1945

戦災

太平洋戦争へ突入すると、物資不足は一層深刻化し、自動車事業はガソリン車が消え、代わって木炭や薪などを使った代燃車の時代となる。

1945年(昭和20年)3月の東京大空襲を皮切りに、京浜地帯はたびたび米軍機の空襲を受け、会社も甚大な被害を受けた。

同年8月に敗戦で幕を閉じた太平洋戦争が残した傷痕はあまりにも大きかった。

戦災を受けた日ノ出町と横浜市内(伊勢佐木町方面)

分解釜に仮泊した被災者(大師線鈴木町駅付近)

混雑する戦後の品川駅前

1942年(昭和17年)

5.1 京浜電気鉄道(株)、東京横浜電鉄(株)、小田急電鉄(株)3社合併、社名を東京急行電鉄(株)とする(局制を敷き、品川・渋谷・新宿の3営業局を設置)
五島慶太が東京急行電鉄(株)の取締役社長に、品川営業局長に田中百畝が就任
公郷変電所新設使用開始
12.1 横須賀堀ノ内~久里浜(仮駅)間開通

1943年(昭和18年)

7.5 湘南自動車工業(株)設立
9.21 久里浜駅を約500m延長移設

1944年(昭和19年)

2.24 篠原三千郎が取締役社長に就任
5.31 東京急行電鉄(株)が京王電気軌道(株)を合併
6.1 川崎大師~産業道路間開通
10.1 産業道路~入江崎間開通

1945年(昭和20年)

1.7 入江崎~桜本間開通
3.12 平山孝が取締役社長に就任
8.20 小宮次郎が取締役社長に就任
12.6 大師線と川崎市電が桜本で接続

1946年(昭和21年)

3.1 小林中が取締役社長に就任
6.14 横浜~浦賀間で連合国軍専用車(白帯車)の運転開始

1947年(昭和22年)

6.25 東京都との協定により、乗合バスの都内相互乗入れ開始
11.28 (株)京急共栄会設立(2010年7月解散)
10.16 井田正一が取締役社長に就任

1948

新生京浜急行電鉄と進む復興

戦後になって、GHQ(連合軍総司令部)の民主化政策などのもと、社内では、合併・統合前の会社に戻すことを前提とした分離・再編成の運動が起こった。

当社は、1948年(昭和23年)6月1日東京急行電鉄から分離独立し、資本金1億円を以って「京浜急行電鉄株式会社」として新発足し、本社を高輪においた。 新会社の当面の課題は、戦後の復興に伴う輸送需要の増大に対処することであった。
このため、まず車両の整備に着手し、戦災車の復旧や新造車の増備などに邁進した。

京浜急行として復活を告げるポスター

接収解除による穴守線の複線復旧工事

1949

観光開発とハイキング特急

沿線の観光は、三浦半島が長く要塞地帯の制約下にあったため、これが一時に開放されたことによって、急激にクローズアップされた。
いち早くハイキング急行や定期観光バスを運転し、旅客の誘致につとめ、観音崎、城ヶ島、油壺などに観光施設を新設し、関連会社が運営を担当した。
また、東京湾に航路を新設し、房総半島への観光ルートを開いたことも注目される。
電車とバスが互いに連携してこれらの輸送にあたった。

「ラメール」号・「パルラータ」号

品川駅を出発する特急「うみかぜ」号

ハイキング特急、6両編成の運転開始

週末特急の案内板

城ヶ島大橋を走る遊覧バス

1949

戦後を支えた自動車・空港輸送

自動車事業では、燃料事情の好転により、ようやく代燃車の時代は終わりを告げた。
代わりにガソリン車、ディーゼル車を導入して休止路線を復活し、他社との相互乗り入れ協定による新規路線の開拓、定期観光バス、貸切バスの営業も再開した。

また、ノースウエスト航空や日本航空との特定旅客自動車運輸を開始したり、東京駅八重洲口~鎌倉~三崎間の急行バスの運行を開始し、地域の足を支えた。

航空会社と特定旅客輸送開始

昭和26年航空会社との契約により特定旅客輸送を開始

飛行機を前に京急バスの雄姿

1951

輸送力増強・設備整備が進む

戦後、新生京浜急行電鉄は、輸送力増強5か年計画に従って、基盤の整備を積極的に促進した。

具体的には、学校裏、子安、上大岡の3駅に退避設備を設置したのを始め、大師線の1,500V昇圧に伴う全線の電圧統一、信号保安装置の近代化、急行選別装置の設置、踏切道に自動踏切遮断機の設置、新町検車区の新設などをとおして、本格的なスピードアップ化をめざした。

輸送力増強のため新設した新町検車区

急行運転のため新設した待避設備。子安駅。

新設した待避設備(学校裏駅)

昭和33年 逸見駅待避設備工事竣工

1952

本格化する沿線開発

沿線開発を推進して地域会社の発展と、住宅難という社会的問題の解決に寄与しようと、1952年(昭和27年)4月に事業部を設置し、住宅難に悩む人たちに良質の住宅を提供するため、積極的に土地の確保を行った。

そのなかで、まず横浜市南区に花の木分譲地を造成し、1954年(昭和29年)6月に販売開始、続いて同じく弘明寺分譲地も同年9月から販売を開始した。

この2つの分譲地の総面積は21,608㎡(約6,540坪)、区画数は75区画に過ぎなかったが、事業部が土地の確保から分譲に至るまで、一貫して手掛けた最初の記念すべき分譲地であった。 この時すでに、富岡地区、杉田地区、上大岡地区での土地の確保、宅地造成工事も進行中で、以後、鉄道事業、自動車事業とともに不動産事業は大きな柱になった。

昭和30年 花の木分譲地

上大岡分譲地建売(第2回)

上大岡分譲地

上大岡分譲地と快走する電車

野比分譲地

販売を開始した野比分譲地

富岡建売住宅

富岡分譲地の建売住宅

1948年(昭和23年)

6.1 京浜急行電鉄(株)発足。本社を東京都港区芝高輪南町17番地に置き、上田甲午郎が専務取締役(代表)に就任
6.4 デハ5400形就役
7.3 逗子線、湘南逗子~逗子海岸間開通
7.15 品川~浦賀間の直通運転再開
8.10 大師線、3線式乗り入れ契約を川崎市、味の素、運輸省鉄道総局と締結
8.- 逗子線、金沢八景~神武寺間の複線復旧工事竣工
9.6 横浜~逗子海岸間の直通運転開始
10.2 京浜自動車工業(株)(のち京急車輌工業(株)、現(株)京急ファインテック)設立
10.28 京浜観光開発(株)(現京急交通(株))設立
10.- 東京電機(株)(現京急電機(株))がグループ会社となる
12.21 川崎鶴見臨港バス(株)がグループ会社となる
12.23 井田正一が取締役社長に就任

1949年(昭和24年)

2.1 急行バス、横浜~三崎間の運行開始
東京都営バスと相互乗り入れ開始(東京駅八重洲口~川崎駅間)
2.23 デハ420形を新造
5.16 東京証券取引所一部に上場
6.1 創業50周年記念式典挙行
6.25 京浜百貨店(株)(現(株)京急ストア)がグループ会社となる
7.10 品川~逗子海岸間の直通運転(夏季)開始
3両編成運転再開
11.1 遊覧バス、鎌倉駅~建長~江の島循環の運行開始

1950年(昭和25年)

2.20 葉山観光自動車(株)がグループ会社となる
6.- ニュージャパンモーター(株)がグループ会社となる
12.25 田中百畝が取締役社長に就任

1951年(昭和26年)

3.16 大師線の塩浜~桜本間に川崎市電が乗り入れ開始
5.8 逗子線の金沢八景第2踏切道に初の自動踏切遮断機設置
9.15 高周波式搬送指令電話装置を駅長所在駅に設置
10.1 日本航空との特定旅客の自動車運送事業を開始

1952年(昭和27年)

1.1 大師線、塩浜~桜本間を川崎市へ譲渡
3.21 急行の終日運転開始
6.1 社歌制定
6.23 湘南逗子駅に初の自動継電連動装置設置
6.24 神武寺~湘南逗子間の複線復旧工事が竣工
7.6 品川~逗子海岸間で特急の直通運転開始
10.14 電車内の案内放送開始

1953年(昭和28年)

2.25 社是制定
3.25 観音崎観光(株)がグループ会社となる
8.- 三崎観光(株)がグループ会社となる
9.30 600形を新造(3扉通勤車)
10.- 信号機に警戒・減速の現示方式を初めて採用

1954年(昭和29年)

1.19 大森水上レクリエーション(株)(現京急開発(株))がグループ会社となる
6.15 久里浜線の横須賀堀ノ内~湘南井田間の複線工事竣工
6.25 久里浜線に初の列車集中制御装置(CTC)新設
7.7 品川~湘南久里浜間の直通運転開始
7.25 三浦半島一周定期遊覧バス「さざなみ」号運行開始
12.- 横浜交通(株)(現京急横浜自動車(株))がグループ会社となる

1955年(昭和30年)

5.20 急行バス、東京駅八重洲口~羽田空港間の運行開始
6.- 初の乗車券自動販売機を品川・京浜川崎駅に設置
7.30 東洋観光(株)がグループ会社となる

1956年(昭和31年)

3.24 品川~横浜間の全踏切道で急緩行列車選別装置の使用開始
10.25 700形4両を新造(初のカルダン駆動採用)
11.1 広報誌「なぎさ」を創刊
12.10 国際シップサービス(株)がグループ会社となる(2001年3月清算)

1957年(昭和32年)

9.16 文庫タクシー(株)(現京急文庫タクシー(株))がグループ会社となる
10.4 電車運転士の養成教習開始
12.27 金田湾観光開発(株)がグループ会社となる

1958年(昭和33年)

2.9 神奈川新町駅構内に電車運転士養成の教習所竣工
2.12 (株)京急油壺レストハウス(のち油壺観光(株)、現三崎観光(株))設立
3.16 はとバスと提携し、都内~羽田空港~鎌倉~江の島~都内の周遊コースの連絡運輸開始
6.11 800形4両を新造
6.- 湘南逗子~逗子海岸間の複線化工事竣工
9.30 京急興業(株)(現京急不動産(株))設立

1959年(昭和34年)

1.23 京急油壺レストハウス(のち観潮荘)竣工
3.15 久里浜線の湘南井田~湘南久里浜間の複線運転開始
5.4 羽田営業所の新築工事竣工
7.9 京浜汽船が横須賀~富津間の航路開設
7.31 中央交通(株)(現京急中央交通(株))がグループ会社となる
11.1 葉山自動車(株)(現京急葉山交通(株))がグループ会社となる

1960年(昭和35年)

4.20 城ヶ島大橋開通により路線バス乗り入れ運行開始
7.11 (有)青掘タクシーがグループ会社となる
9.1 京光タクシー(株)(現京急交通(株))設立
9.15 湘南井田分譲地の販売開始
9.- (株)大和屋(現京急フードサービス(株)がグループ会社となる
10.15 南太田変電所新設使用開始
11.28 わが国最初の電気式1号形ATS完成

1961年(昭和36年)

4.25 京浜定期貨物輸送(株)がグループ会社となる
7.4 京浜不動産(株)(現京急建設(株))設立
11.11 ワンマンバス、羽田空港駅~空港ターミナル間の運行開始
12.13 光電式自動踏切防護装置を生麦第2踏切道で使用開始

1962年(昭和37年)

3.15 観音崎ホテル竣工
7.30 追浜に自動車教習所を開校
10.1 (株)川崎自動車教習所設立

1963年(昭和38年)

1.25 都心乗入線品川~泉岳寺間の第1期建設工事着手
4.5 三崎観光ハイヤー(株)(現京急三崎タクシー(株))設立
4.12 上大岡駅ビル竣工
5.2 金沢八景~堀ノ内間に列車選別装置を設置
10.1 ホーム監視テレビの本格的使用開始(横浜駅下りホーム)
11.1 京浜久里浜~野比間開通
井田車両工場(現久里浜工場)の操業開始
駅名変更により「湘南」を「京浜」に改称
11.3 葉山上山口分譲地の販売開始
11.28 (株)京浜共栄会(現(株)京急共栄会)がグループ会社となる(2011年7月清算)

1964年(昭和39年)

2.25 鈴木三郎助が取締役社長に就任
3.25 大師線の小島新田~塩浜間営業休止
5.20 京急更埴陸送(株)がグループ会社となる(現京急物流、2005年6月売却)
5.23 佐藤晴雄が取締役社長に就任
7.17 (株)京急自動車学校 上大岡校開校
8.1 (株)東京観光ホテル(のち(株)ホテル京急(2013年3月清算))がグループ会社となる
10.1 新社紋制定、社名略称の冠称「京浜」を「京急」に変更
11.1 飯綱高原温泉開発(株)がグループ会社となる
12.2 葉山マリーナ全館開業
12.- 横須賀根岸台分譲地の販売開始

1965年(昭和40年)

1.1 社旗制定
3.15 城ヶ島温泉ホテル(現城ヶ島京急ホテル)竣工
6.6 野比第1期分譲地の販売開始
8.19 羽田に観光バスセンター新設

1966

都心乗り入れ・三浦海岸開業

京浜久里浜~野比間に引き続き、延長線建設工事が行われていた三崎線は、1966年(昭和41年)7月7日に三浦海岸まで開通した。
これにより品川~三浦海岸間がわずか70分で結ばれることになり、三浦半島の経済的、社会的状況を一変させた。

野比駅から三浦海岸駅までの区間を特に三浦海岸線と名付け、その周知のためにあらゆるメディアを活用して、創業以来初めてという一大キャンペーンを展開した。
この三浦海岸線沿いの海岸を「青いデートナビーチ」と呼称し、海水浴客の誘致を促進するために、三浦海岸フェスティバルを開催した。

都心乗入線は、工事人員延べ18万5,250人、使用コンクリート量4万2,120㎥、鉄材4,025t。
着工から5年を費やした品川~泉岳寺間1.2kmの工事が終わり、1968年(昭和43年)6月21日、相互乗り入れを開始した。

1907年(明治40年)に最初の都心乗り入れを計画して以来、61年もの長きにわたる悲願がようやく実現したのである。

三浦海岸駅開業で到着した一番列車

三浦海岸駅開業、海水浴客でにぎわう駅前

三浦海岸線開通の大看板

津久井浜〜三浦海岸間開通により海水浴客でにぎわう三浦海岸

三浦海岸駅開業の祝賀パレード

都心乗り入れ、品川〜泉岳寺間開通式

都心乗り入れ開通ポスター

1968

京急油壺マリンパークの開業

元来、三浦半島は自然の観光資源に恵まれ、また名所旧跡も多いが、戦時中は要塞地帯という特殊事情もあって、戦後にようやくその体制を整え始めたという状況であった。
しかし、三方を海に囲まれ、気象温暖という健康的な三浦半島は、レジャーを求める人々にとって格好の行楽地であることから、三浦半島開発計画の一環として油壺に水族館を建設。
1968年(昭和43年)4月に、魚の大回遊水槽や、魚の習性や間隔を利用してシーを行う実演水槽などの施設がある、「京急油壺マリンパーク」が開業した。

1981年(昭和56年)10月には、日本初の屋内第海洋劇場「ファンタジアム」をオープンし、多くのお客さまの人気を博している。

昭和42年 京急油壺マリンパーク建設に着手

“魚の国”油壺マリンパーク誕生!(ポスター)

「京急油壺マリンパーク」オープン

油壺マリンパークの水族館内

1971

都市開発産業とパシフィック東京開業

1971年(昭和46年)1月、交通運輸関連事業、住宅関連事業、流通関連事業、レジャー関連事業の四本の事業を柱として都市開発産業をめざす「長期展望」を策定発表し、第4次総合経営5か年計画を実行に移した。

そのなかで、最も大きな新規事業は、品川地区の総合的な市街地再開発の要となるホテルパシフィック東京の建設であった。
同ホテルは、レジャー関連事業の中核としての役割を担って、1971年(昭和46年)7月27日、オープンした。

住宅関連事業では、富岡、港南地区の大規模な開発、分譲を推進してきた。
特に富岡地区での分譲地は1,500区画を超え、一大住宅地を形成していた。
そのために人口が急増し、幼稚園の必要性が高まってきた。
そこで、当社の計画や地元の要望にこたえて住宅地内に京急幼稚園を開園し、教育事業にも進出していった。

ホテルパシフィック東京

昭和44年頃 旧本社ビルとホテル建設予定地

京急幼稚園の増設

昭和46年 「川崎京急ボウル」オープン

1966年(昭和41年)

1.1 特殊代用信号機を全線27踏切道(第1種乙踏切)で正式使用開始
第1種甲踏切4か所を自動化
3.23 浦賀駅に、日本初のプログラム式列車運行制御装置(PTC)設置使用開始
3.27 野比~津久井浜間開通
5.21 京浜川崎駅付近下り線高架工事竣工、使用開始(上り線は5月11日)
7.7 津久井浜~三浦海岸間開通・特急を終日10分間隔で運転開始
7.19 観音崎ビーチモテル(のち観音崎ビーチホテル)竣工
12.10 京浜川崎駅前付近で踏切道の除却工事と京浜川崎駅改良工事竣工
京浜川崎駅に新型連動装置新設
朝のラッシュ時に金沢文庫~品川間特急8両編成の運転開始
12.12 京急新橋地下駐車場(株)設立

1967年(昭和42年)

5.27 電車の戸開閉操作を運転士から車掌に切り替え
6.- 700形を新造(初の4扉車)
7.9 「京急川崎レジャーセンター」営業開始
11.19 生麦駅の改良工事竣工(初の橋上駅)
11.- 合成電車線使用開始(川崎大師~東門前間)

1968年(昭和43年)

1.29 武山球場竣工
4.1 ATS(自動列車停止装置)を品川~堀ノ内間で部分使用開始
4.27 「京急油壺マリンパーク」営業開始
6.1 運転司令所、電力司令所を新設
6.21 快速特急列車の運転開始
都心乗り入れ、品川~泉岳寺間開通
誘導式列車無線装置の使用開始(泉岳寺~京浜川崎間)
9.22 横須賀池田建売住宅の販売開始
10.1 「京急サニーマート」営業開始
京急三浦海岸グラウンド完成
10.27 横須賀池田分譲地の販売開始
12.21 大師電気鉄道「発祥之地」記念碑を川崎大師駅構内に建立

1969年(昭和44年)

6.25 運輸省指定区間(品川~堀ノ内間)のATS設置完了
6.30 「京急三浦ビーチセンター」営業開始
11.17 神武寺駅に第1種継電連動装置設置、これにより全線24か所の継電化完了
11.22 中川幸一が取締役社長に就任
12.9 本線と本線直通運転全区間のATS地上装置完成使用開始

1970年(昭和45年)

2.16 (株)ホテルパシフィック東京設立
4.6 京急幼稚園開園
11.12 空港線、大師線でATS地上装置の使用開始(全線、全列車で使用開始)
11.20 休止中の大師線、小島新田~塩浜間廃止
12.1 鈴ヶ森~平和島間の全線高架化線開通(上り線1月20日開通)

1971年(昭和46年)

1.24 休止中の空港線、羽田空港~穴守間廃止
2.15 京急レジャーサービス(株)(現京急サービス(株))設立
2.23 鶴見川新橋梁の上り線使用開始
4.- マルチプルタイタンパー導入
7.1 新造1000形と600形屋上に冷房装置取付け初の冷房車就役
7.27 「ホテルパシフィック東京」営業開始
10.1 平和島と京浜久里浜両駅に初の乗車券センター営業開始、駅業務のオンライン化始動
12.23 電車に盲導犬の乗車を認める

1972年(昭和47年)

3.31 六郷川新橋梁の切り替え完成、使用開始
4.1 京急新橋地下駐車場営業開始
5.26 大森電力司令所完成、変電所の集中制御開始
6.1 新橋地下街「しんちか」営業開始
7.1 金沢八景に「八景京急ボウル」オープン

1973年(昭和48年)

3.19 大森営業所で低床式バスの使用を開始
10.1 神奈川地区で盲導犬のバス乗車を認める
12.8 (株)平和嶋が長野県青木湖畔に「ホテルブルーレイク」オープン(2001年3月売却)
12.15 駅の集中放送装置全線完成、車掌によるワイヤレスマイク使用開始

1974年(昭和49年)

1.17 金沢文庫電車基地完成(収容能力272両)、車上進路設定装置使用開始
5.11 京急第2ビル完成
5.26 横浜駅相対式ホームを島式ホームに改良
7.11 (株)京急ツーリスト(現京急観光(株))設立
10.1 社員持株制度発足
12.2 朝のラッシュ時に金沢文庫~横浜間で私鉄初の特急12両編成運転開始

1975年(昭和50年)

4.26 三浦海岸~三崎口間開通
5.27 片桐典徳が取締役社長に就任
7.23 南総興業(株)(現(株)市原京急カントリークラブ)がグループ会社となる

1976年(昭和51年)

3.31 京急レストラン(株)がグループ会社となる
8.1 空港線車輌を大型化
10.15 北品川~青物横丁間の高架化工事完成。北馬場・南馬場を統合、新馬場駅開業

1977年(昭和52年)

11.1 大師線の車輌を大型化
12.13 京急緑地開発(株)設立

1981

品川開発と本社移転

鉄道では輸送力増強計画が進められていた。
1980年代には、品川地区再開発事業の一翼を担う賃貸ビルが続々完成し、本社も泉岳寺ビルに移転した。
旧本社ビルであった高輪ビルディングは、1981年(昭和56年)8月に解体に着手し、1983年(昭和58年)11月28日に京急第1ビルが竣工した。
同ビルは同月30日、事務所ビルやウィング高輪として、本格的な都市型商業施設に生まれ変わった。

高輪ビルディング(旧本社ビル)の解体工事に着手

旧本社跡地に建てた京急第1ビルが完成

泉岳寺に移転した本社ビル

1983

釜利谷地区開発

富岡地区に隣接する釜利谷地区の土地買収が始められたのは1963年(昭和38年)頃で、すでに300haを超える土地を確保してきた。 この資産を効果的に活用するために、1975年(昭和50年)1月、釜利谷地区開発チームが発足した。 三浦半島では最後の大型開発といわれた同開発は、大部分が市街化調整区域にあたることから厳しい規制を受けたが、1976年(昭和52年)11月4日から、まず排土を搬出するためのトンネル掘削工事などに着手、多くの問題を乗り越えて、1983年(昭和58年)5月に第1回の分譲を開始した。

販売に先駆け、釜利谷地区の新規分譲地は、開発地域内に保存されている歴史的旧跡「能見堂跡」にちなみ、京急ニュータウン金沢能見台と命名。
理想的な街づくりが行われた。

昭和51年に着手した釜利谷地区開発の全景

昭和51年に着手した釜利谷地区開発の計画図

バケットホイールエキスカベータによる工事

シティ能見台

1986

ノクターンと高速バス網

自動車事業では、1979年(昭和54年)12月から、横浜シティ・エア・ターミナルと新東京国際空港を結ぶ98.3kmにリムジンバス「シーガル」号を運行して、航空旅客の利便をはかった。

帰郷バスで数多くの実績を積んできた経験から、青森の弘南バスと共同運航の契約を結んだ。
その結果、東京~弘前間685kmを結ぶ、当時は日本最長の高速路線バス「ノクターン」号の運行を1986年(昭和61年)12月26日から開始し、高速バス時代の幕を開けた。
高速バス時代の到来によって、新路線の開拓と、高速バスの発着所となるターミナルの建設が急務となった。
待合室や早朝の到着旅客ののためにシャワー室、洗面所などの付帯設備を充実した品川バスターミナルが完成し、使用を開始したのは1989年(平成元)1月15日である。

ここを拠点として、同年7月には、「ビームワン」号(品川~宮古間)、「パイレーツ」号(品川~今治間)や「エディ」号(品川~徳島間)など新路線の運航を相次いで開始した。

東京〜弘前間に日本最長の高速路線バス「ノクターン」号の運行開始

「ノクターン」号の出発式

品川バスターミナル完成

品川〜宮古間「ビームワン」号

品川〜鳥取間の高速路線バス「キャメル」号

1992

ウィング号・りんどう号

多様化するお客さまのニーズにこたえて、夕方のラッシュ時にゆったり座って帰宅できる、座席定員制の「京急ウィング」号の運行を1992年(平成4年)4月16日から始めた。
その区間は、下り品川~京急久里浜間で土・日・祝日を除き毎日8本運行したが、お客さまに好評を博し、うち5本は1993年(平成5年)4月1日から三崎口駅まで延長し、さらに1997年(平成9年)7月には2本増発した。

また、四季を通して観光客の訪れる鎌倉で、レトロ調バス京急りんどう号2両を、駅から大塔宮と大仏前に1992年(平成4年)11月28日から運行を開始した。
愛称は源氏の紋所や市の花にちなみ、外観はロンドンバスに古都の深緑と八幡宮の社殿をイメージさせ、車内に桜材を用いたおしゃれなバスであった。

「京急ウィング」号運行開始(品川〜京急久里浜間平日下り)

鎌倉でレトロ調バス「京急りんどう」号運行開始

品川駅高輪口から導入開始した自動改札機

1978年(昭和53年)

6.1 京浜電鉄デ51形・湘南電鉄デ1形を復元し、久里浜工場内に永久保存
6.16 初のバス運賃自動精算装置導入
6.21 都営地下鉄線に8両編成の乗り入れ開始
7.20 「京急富津観光ホテル」営業開始(2001年8月休止)
12.27 新型車両800形を新造

1979年(昭和54年)

5.1 「川崎京急スイミングスクール」オープン
7.8 800形が1979年度ローレル賞受賞
10.26 長沢隧道貫通
12.4 バス、横浜シティ・エア・ターミナル(YCAT)~新東京国際空港間(旅客限定)運行開始
12.16 港南丸山台ニュータウン第1回建売住宅の販売開始
12.19 鶴見市場~花月園前間下り高架線の使用開始(上り線は3月1日)

1980年(昭和55年)

5.23 京浜久里浜駅に初のエスカレーター(昇り)設置
6.27 殿前隧道(京浜長沢駅付近)~津久井浜間の複線化工事竣工により運転開始
8.24 「市原京急カントリークラブ」営業開始
11.11 金沢文庫第1京急ビル(賃貸)完成

1981年(昭和56年)

2.1 京急第5ビル(賃貸)完成
3.18 京急第3ビル(賃貸ビル)完成
3.27 港南丸山地区区画整理事業完成
3.30 本社を泉岳寺ビルへ移転統合
3.31 鎌倉小町京急ビル(賃貸)完成
6.22 平日ダイヤを全面改正、朝のラッシュ時に通勤快特を新設、金沢文庫~品川間を12両編成で運転
6.25 飯田道雄が取締役社長に就任

1982年(昭和57年)

4.1 京急商事(株)設立(2010年7月解散)
5.10 鎌倉御成町京急ビル(賃貸)完成
6.7 品川駅の改良工事が竣工、12両編成列車の発着が可能となる
12.1 「谷津坂」を「能見台」と駅名改称
12.27 新型車両2000形を新造

1983年(昭和58年)

5.20 「京急ニュータウン金沢能見台」建売住宅販売開始
8.28 2000形が1983年度ブルーリボン賞受賞
11.28 京急第1ビル完成、30日に「ウィング高輪」営業開始

1984年(昭和59年)

6.13 新社是制定
9.20 ホテル京急(株)(現(株)観音崎京急ホテル)設立

1985年(昭和60年)

1.9 京急猪苗代リゾート(株)設立
3.2 「京浜逗子」と「逗子海岸」を統合、「新逗子」に駅名改称
3.25 新型車両1500形を新造
7.20 「観音崎京急ホテル」営業開始

1986年(昭和61年)

3.16 京急ニュータウン三浦海岸の建売住宅販売開始
7.15 「京急猪苗代リゾートホテル」営業開始

1987年(昭和62年)

4.1 初のフリー乗車券「三浦半島ぐるりっぷ」販売開始
4.25 「ウィング久里浜」営業開始
6.1 駅名を改称、冠称「京浜」から「京急」へ
6.26 芹沢守利が取締役社長に就任
12.13 南太田駅の待避設備完成
12.15 京急商事(株)がグループ会社となる(2011年3月清算)

1988年(昭和63年)

1.4 創立「90周年シンボルマーク」、「コーポレートスローガン」発表
1.11 1500形16両を新造(初のアルミ合金製車体導入)
3.29 京急幼稚園が富岡地区から能見台地区へ移転
5.10 片桐典徳取締役名誉会長が、勲一等瑞宝章を受章
6.2 創立90周年記念式典挙行
7.26 電車の冷房化率100%達成
8.1 逗子にフライホイール式電車線電力蓄勢装置新設
10.14 京浜観音開眼50周年法要挙行
11.11 「京急クアリゾート平和島」営業開始
11.13 弘明寺~上大岡間の立体交差工事完成
11.20 高速バスの座席予約システム運用開始
11.30 新社歌制定

1989年(平成元年)

1.15 品川バスターミナルが完成、使用開始
3.31 高輪京急ホテル(京急第7ビル)完成
4.1 大船~江の島有料道路を廃止
12.20 (株)京急百貨店設立

1990年(平成2年)

3.29 久里浜検車区竣工
7.21 横浜~清里間の高速バスの運行開始(夏季路線)
10.5 1500形初のVVVF車両を新造
12.2 新馬場~大森海岸間の立体交差化工事下り線が完成(上り1989年6月25日完成)、これにより新馬場第1踏切道から立会川第3踏切道までの13か所の踏切道廃止
12.14 深夜急行バス、横浜駅~関内駅~京急久里浜駅間の運行開始

1991年(平成3年)

3.31 京急線、都営浅草線、京成線、北総・公団線による4線連絡運転開始
4.1 新日本自動車(株)がグループ会社となる(2002年9月清算)
6.24 (株)ホテルパシフィック千葉設立(1995年2月清算)
6.27 平松一朗が取締役社長に就任
11.22 (株)京急流通企画、京急都市開発(株)設立

1992年(平成4年)

1.18 品川駅高輪口を皮切りに自動改札機の導入開始
4.16 「ウィング号」の運行開始
9.18 大船駅東口「ルミネウィング」営業開始
11.28 鎌倉駅~大塔宮間、鎌倉~大仏前間でレトロ調バス「京急りんどう号」運行開始
12.3 (株)京急アドエンタープライズ設立

1996

京急百貨店、YRPの開業

1988年(昭和63年)に、横浜市が策定した上大岡駅前の再開発計画に基づき、1992年(平成4年)11月から再開発事業が本格的にスタート。京急百貨店は、1996年(平成8年)10月1日にオープンした。
京急百貨店の営業面積は約4万5,000㎡で、神奈川県下第3位(当時)の規模を誇った。
また、京急百貨店と同時に、より若い年代層を視野に入れ、約80の専門店からなる「ウィング上大岡」をオープンした。

横須賀リサーチパーク(YRP)は、郵政省や神奈川県、横須賀市など80を超える団体、企業の参加をえて、計画を推進された情報通信技術研究の開発拠点である。
1997年(平成9年)10月に、その中核となるYRPセンター1番館・2番館およびローズテリア(生活支援棟)が竣工し、本格的に研究開発活動を始めた。

京急百貨店

京急百貨店・ウィング上大岡グランドオープン

横須賀リサーチパーク(YRPセンター2番館)竣工

横須賀リサーチパーク(YRP1番館・2番館)竣工式

インターネットにホームページを開設

長野県飯綱高原に、長野京急カントリークラブ オープン

1998

羽田空港駅の開業

沖合展開が進む羽田空港へ向かう人々の重要なアクセスとして、まず空港線第1期延伸工事は、1993年(平成5年)4月1日に完成。羽田駅(現天空橋駅)が開業した。引きつづき、空港ターミナルへの乗り入れをめざした空港線第2期延伸工事は1998年(平成10年)11月18日に完成し、羽田空港駅(現羽田空港国内線ターミナル駅)まで開通。当社悲願の羽田空港への直通を果たした。
2004年(平成16年)12月には、羽田空港第2旅客ターミナルが開業し、羽田空港駅に改札を新設した。

現在、日本の玄関として重要な役割を担っている。

羽田駅出発式

羽田駅(現天空橋駅)

空港線第2期延伸工事(シールドトンネル)

羽田空港駅開業記念式典を挙行

羽田空港第2旅客ターミナルビル開業

最高時速を120kmにアップした快速特急列車

1993年(平成5年)

3.25 横須賀テレコムリサーチパーク設立
3.31 羽田駅周辺利用者のため人道橋「天空橋」を開通
4.1 空港線延伸第1期工事が完成、羽田駅開業(初代羽田空港駅を廃止)
都営浅草線方面からの直通急行列車(6両編成)の空港線への乗り入れ開始
4.24 品川~萩間「萩エクスプレス」号の運行開始
12.8 自動精算器を品川など8駅に順次導入

1994年(平成6年)

1.19 (株)京急ステーションアシスト設立(2010年7月解散)
3.29 新型車両600形を新造
4.1 ストアードフェアシステムを導入、「ルトランカード」を発売
京急グループクレジットカード「NAGISA」を発行
7.29 京急ハウツ営業開始(サニーマート内)
10.1 バス共通カードの使用開始(大森・横浜営業所)
10.15 鉄道総合司令所完成、運輸司令システム業務開始

1995年(平成7年)

2.1 (株)ホテルパシフィック東京が(株)高輪京急ホテルを合併し、商号が(株)ホテル京急となる
3.6 羽田営業所と横浜営業所能見台車庫でハイブリッドバスを各1両使用開始
3.20 大森営業所でリフト付バス1両を使用開始
4.1 特殊乗車券「京急ぐるりっぷ」、三浦半島宿泊パック「ぐるりプラン」販売開始
品川~横浜間で快特の最高速度120キロ/時に、横浜以南で快特と特急の最高速度110キロにスピードアップ
4.3 (株)京急ショッピングセンター設立
11.1 鉄道総合司令所で、運輸・工務・電気の総合的管理を開始

1996年(平成8年)

2.16 「お客様案内係」を品川など8駅に配置
3.22 「京急金沢文庫キッズワールド」営業開始
5.7 芹沢守利前会長が、勲一等瑞宝章を受章
7.30 電車車掌に女性社員を登用
9.20 YCATが横浜駅東口(スカイビル)に移転、同所に成田空港・羽田空港行きバス乗り場を移転
10.1 「京急百貨店・ウィング上大岡」グランドオープン

1997年(平成9年)

3.31 大師線3線式乗り入れ契約を解除(当社・味の素・神奈川臨海鉄道)
4.27 横須賀中央駅改良工事完成(中央Yデッキと直結)
6.22 上大岡第1・第2踏切道立体交差化事業下り高架橋の使用開始(上り線5月12日)
6.27 小谷昌が取締役社長に就任
10.1 横須賀リサーチパーク(YRPセンター1番館・2番館)竣工
創立100周年「記念シンボルマーク」、「コーポレートスローガン」発表
12.19 バス路線、横浜駅~木更津駅間、川崎駅~木更津駅間、羽田空港~木更津駅間の運行開始(東京湾アクアライン経由)

1998年(平成10年)

2.25 京浜急行電鉄(株)創立100周年
3.28 新型車両2100形を新造
4.1 貸切バス事業を京急観光バス(株)へ事業統合(京浜急行電鉄・川崎鶴見臨港バス、日本観光興業貸切バス事業統合)
4.17 (株)京急トラフィックサービス設立
5.26 創立100周年記念式典挙行
6.1 お台場に「ホテル グランパシフィック メリディアン」オープン
7.29 長野県飯縄高原に「長野京急カントリークラブ」オープン
7.31 (有)ピーアンドエス(現(株)京急メモリアル)設立
10.10 「京急ファミリー倶楽部(ほっとプラザ)」営業開始
11.18 空港線延伸第2期工事完了に伴い「羽田空港」駅開業、「羽田」を「天空橋」に駅名改称
鉄道ダイヤ改正(日本初の空港間直通電車「✈エアポート快特」運転開始)

1999年(平成11年)

2.1 三崎観光開発(株)が油壺観光(株)に合併
4.1 全改札口の自動化が完了し、乗降確認システムを導入
油壺観光(株)が三崎観光(株)に合併
(株)京急システム設立
京急バス(株)設立
4.30 (有)環境ソリューション(現(株)京急環境ソリューション)設立

2000年(平成12年)

3.24 京急川崎第3ビル竣工
5.11 京急電鉄制服および作業服、鉄道会社初の「エコマーク」認定を取得
6.1 臨港グリーンバス(株)設立(2011年3月清算)
6.27 ホテルパシフィック東京がISO9001を認証取得
8.15 (株)京急ファシリティ設立
9.16 駅係員による構内売店販売業務を開始(新大津・北久里浜・津久井浜)
10.2 高速バス ノクターン号「女性専用車両」運行開始
11.24 駅直結型の「京急キッズランド井土ヶ谷保育園」オープン
12.15 (株)京急自動車学校が京急湘南開発(株)を合併
12.20 共通乗車カードシステム「パスネット」導入開始
12.26 横浜京急バス(株)、横須賀京急バス(株)(現湘南京急バス(株))設立

2001年(平成13年)

3.1 三浦ディーエスダブリュ(株)設立(2010年2月清算)
3.28 久里浜工場がISO14001を認証取得
4.1 臨港交通(株)が川崎臨港ハイヤー(株)を合併
5.16 京急フレッシャーズ(株)設立
6.13 (株)京急流通サービス売却
6.16 (株)京急ステーションサービス(現(株)京急ステーションコマース)設立
7.3 弘明寺へ身代地蔵菩薩奉納
9.12 (株)京急百貨店がISO14001を認証取得
9.28 (株)京急ビジネス設立
10.1 京急ロイヤルフーズ(株)が京急房総観光(株)を合併
10.22 私鉄初 品川・羽田空港駅ほかでISO9001:2000を認証取得

2002年(平成14年)

2.1 青物横丁京急ビル竣工
3.1 (株)ホテル京急が京急都市開発(株)を合併
3.18 「京急キッズランド上大岡保育園」営業開始
4.1 (株)京急ハウツ設立
京急管財(株)設立
6.1 運輸司令所、電力司令所、車両センター、工務保安センターを総合司令所に統合
7.11 YRPが政府関係機関初のPFI事業者に選定される
7.24 「BIG FUN平和島」営業開始
9.10 青物横丁駅改良工事が完成
9.17 京浜急行電鉄(株)が(株)葉山マリーナーの株式を取得
10.28 平和島温泉クアハウスがISO9001を認証取得
11.1 (株)京急ビルテック平和島、平和島サービス(株)設立
11.28 大鳥居京急第1ビル、大鳥居東口改札口開業
12.21 無線LAN倶楽部サービス提供開始
12.25 (株)京急百貨店がニュージャパンモーター(株)を合併

2003年(平成15年)

3.1 「ウィング新橋」オープン
3.3 (株)フレッシュワン平和島設立
3.10 「京急メモリアルサービス久里浜」営業開始
3.31 (株)京急マリーンフーズ設立
4.10 京浜急行バス(株)設立
5.1 京急線全駅で全面禁煙を実施
5.23 大鳥居京急第2ビル開業
6.24 海洋深層水風呂「みうら湯」弘明寺店営業開始
9.11 障がいのある方の雇用のための特例子会社(株)京急ウィズ設立
10.1 会社分割により自動車事業を京浜急行バス(株)に承継

2004年(平成16年)

1.29 「京急安浦」を「県立大学」に駅名改称
3.1 京急建設(株)がISO14001を認証取得
4.1 「京急キッズランド上大岡保育園」が認可保育園として新たに開園
4.15 (株)ホテル京急が障がい者雇用特例認定される
7.1 (株)楼蘭設立
10.1 (株)京急ライフクリエイト設立
11.1 「京急グループポイントサービス」開始
11.8 新潟県中越地震による上越新幹線の復旧作業に軌道検測車(EM30)をJR東日本へ貸与
12.1 羽田空港第2旅客ターミナル開業
羽田空港駅に「京急ステーションコンシェルジュ」を配置
品川駅高架下にフードテーマパーク「品達ラーメン麺達七人衆」オープン
12.17 京急サービス(株)がISO9001:2000を認証取得
12.21 金沢文庫京急第2ビル竣工
12.24 (株)ホテル京急がISO14001を認証取得
(株)楼蘭がISO14001を認証取得

2005年(平成17年)

1.7 (株)京急システムがISO9001を認証取得
1.26 ホテルパシフィック東京が宿泊のお客さまから善意として寄せられた155万6,893円を(財)日本ユニセフ協会に寄贈
3.14 600形「KEIKYU BLUE SKY TRAIN」運行開始
4.1 「京急カード」発行
5.9 「女性専用車両」試験運転開始
5.12 (株)ホテルグランパシフィック設立
5.16 鉄道本部内に「安全対策担当」を新設
6.19 観音崎京急ホテルにビューティー&リラクゼーションスパ「SPASSO」オープン
6.29 石渡恒夫が取締役社長に就任
10.3 臨港エステート(株)設立
10.7 久里浜線延伸区間「三崎口~油壺(仮称)間」の免許一旦取り下げ
11.1 京急線全駅および京急グループ各店舗、合計150か所に「こども110番」設置
11.21 京急ウィズが「クリーニング工場」営業開始

2010

羽田空港国際線ターミナル駅開業、京急蒲田駅付近の高架化工事完成

また、2010年(平成22年)10月には、羽田空港の再拡張に伴う羽田空港国際化にあわせ、羽田空港国際線ターミナル駅が開業、国際線ターミナルへ京浜急行バスの乗り入れも開始し、京急グループは、世界の玄関口として、多くのお客さまをご案内することとなった。

同時期には、東京都の都市計画事業として進められている京急蒲田駅付近連続立体交差事業が、2012年(平成24年)5月に上下線の高架化が完了。
28か所の踏切が除去され安全性が向上されるとともに、空港アクセスの強化・改善が図られた。

立体交差化工事(京急建設施工)

羽田空港国際線ターミナル駅開業

京急蒲田駅付近の高架化工事が完成

2013~

インバウンド施策に尽力し、国内外の人々が集う、豊かな沿線を目指す

2013(平成25)年10月、国内線・国際線両ターミナル駅の累計乗降客数が3億5,000万人を突破した。
2020年開催の東京オリンピック・パラリンピックにおける、セーリング競技の会場に江ノ島が選ばれたことにより、訪日外国人数はさらなる増加が見込まれている。それを受け、京急グループは様々なインバウンド施策を実施。
2012(平成24)年11月には「京急ツーリストインフォメーションセンター(京急TIC)」が、日本政府観光局(JNTO)によって、訪日外国人向け観光案内所として最高ランクにあたる「カテゴリー3」に認定された。
2016年には国際線ターミナル駅において、メガホン型多言語翻訳機「メガホンヤク」の試験導入、外国人旅行客を対象とする「手ぶら観光支援サービス」の実証実験を行った。検証結果は、さらなるサービス向上に活用される。
また、品川駅周辺では国際的かつ交通の要衝となる街づくり事業を進めている。
今後とも、京急グループは、安全・安心を最優先に、沿線地域に広く相乗効果を波及させる事業を展開し、品川・羽田空港を中心に、全国各地、さらに世界に通用する企業グループを目指していく。

2006年(平成18年)

1.17 京急電気工事(株)設立
2.28 京急百貨店100か月連続前年同月実績超えを達成
6.16 主要駅に「AED(自動体外式除細動器)」を設置
7.28 総合司令所に気象庁が配信する緊急地震速報を活用した「緊急地震速報システム」を設置
京浜急行電鉄(株)が(株)京急ストアを完全子会社化
9.12 お客さまご案内窓口「京急ご案内センター」開設
10.1 京浜急行電鉄(株)が川崎鶴見臨港バス(株)を完全子会社化
鉄道安全管理規程制定

2007年(平成19年)

1.20 「湘南佐島なぎさの丘」販売開始
3.1 (株)京急アド交通メディアワーク設立
3.16 施設部の現業部門を分社化して京急鉄道施設(株)が営業開始
3.18 ICカード乗車券「PASMO」導入
3.31 新1000形6次車両運行開始(京急初のステンレス車両導入)
京急管財(株)と(株)京急ファシリティが合併し、(株)京急ビルマネジメントに商号変更
4.1 京急サービス(株)による認可保育園「京急キッズランド上永谷保育園」が開園
5.1 (株)ホテル京急と(株)楼蘭が合併
5.8 平松一朗取締役相談役が、旭日大綬章を受章
7.2 (株)京急イーエックスイン設立
7.28 品川駅に外貨自動両替機設置
9.15 台場に「Verre et Cour(ヴェルエクール)」オープン
11.11 「京急EXイン 大森海岸駅前」開業

2008年(平成20年)

2.25 創立110周年
駅係員、乗務員の制服を更新
4.2 ホテルパシフィック東京に「シンガポール・シーフード・リパブリック」オープン
4.19 「横浜イーストスクエア」竣工
5.30 ウィング高輪WESTに秋田県アンテナショップ「あきた美彩館」オープン
6.1 「ホテルパシフィック東京」、「ホテル グランパシフィック メリディアン」が新たに「パシフィックホテルズ」としてブランド展開開始
「ホテル グランパシフィック メリディアン」を「ホテル グランパシフィック LE DAIBA」に改称
8.8 「京急EXイン 新馬場駅北口」開業
10.1 ユニオネックス(株)の全株式を取得し、連結対象子会社に
神武寺駅にて米軍専用改札を運用開始
11.18 駅メロディの導入開始

2009年(平成21年)

2.14 高機能ATSを全線で運用開始
4.1 (株)京急ショッピングセンターが京急新橋地下駐車場(株)と合併
8.1 「みさきまぐろきっぷ」販売開始
9.30 駅全売店をセブン-イレブン展開することで業務提携

2010年(平成22年)

3.18 「よこすかグルメきっぷ」販売開始
4.14 「京急EXイン 浅草橋駅前」開業
5.16 鉄道ダイヤ改正(✈エアポート快特、✈エアポート急行の新設など)
6.30 1000形車両引退
9.14 「京急EXイン 横浜駅東口」開業
9.30 「ホテルパシフィック東京」営業休止
10.14 「京急EXイン 蒲田」開業
10.21 「羽田空港国際線ターミナル」駅開業、「羽田空港」を「羽田空港国内線ターミナル」に駅名改称
羽田空港国際線ターミナルへ京浜急行バス乗り入れ開始
京急線全駅にて駅ナンバリングを導入
京浜急行電鉄(株)の英文会社名を「Keikyu Corporation」に変更
11.1 京急開発(株)が(株)京急ジョイフルと合併

2011年(平成23年)

4.29 「SHINAGAWA GOOS(シナガワ グース)」、「京急EXイン 品川駅前」開業
7.9 トリプルタワーマンション「リヴァリエ」販売開始
10.1 「京急グループポイントサービス」が「京急プレミアポイント」にリニューアル
11.6 京急グッズショップ「おとどけいきゅう」鮫洲店開業
11.11 「京急EXイン 高輪」開業

2012年(平成24年)

3.31 京急タクシーグループが、全車両にPASMO電子マネーの導入を完了
5.23 京急線全駅にて定期乗車券の払い戻し取扱開始
10.1 京急百貨店オンラインショップ「吉日屋」オープン
10.21 京急蒲田駅付近連続立体交差事業全乗車区間上下線高架化完了
鉄道ダイヤ改正(品川~羽田、横浜~羽田直通電車を10分間隔で運行)

2013年(平成25年)

3.23 交通系ICカード全国相互利用サービス開始
4.1 (株)京急ストアとユニオネックス(株)が合併
「京急キッズランド港町駅前保育園」、「京急キッズランド黄金町保育園」開園
6.27 原田一之が取締役社長に就任
7.18 梅屋敷駅にて京急線初の副駅名称「東邦大学前」を導入
7.26 京急百貨店、百貨店初のエコマーク認定「小売店舗」を取得
11.3 小谷昌取締役相談役が旭日大綬章を受章
11.19 「高架下新スタジオ(Site-A~Dおよびかいだん広場)」が「第57回神奈川建築コンクール一般建築部門」にて優秀賞を受賞

2014年(平成26年)

2.19 横浜市金沢区と「津波発生時における施設等の提供協力に関する協定」を締結
2末 車両内にて公衆無線LANサービス提供開始
3.1 訪日外国人向け無料公衆無線LANサービス開始
3.19 大師線港町駅が「第20回川崎市景観形成協力者表彰」を受章
4.2 神奈川新町駅前に商業施設「新町第1京急ビル」「新町第2京急ビル」開業
5.1 新1000形「KEIKYU YELLOW HAPPY TRAIN」運行開始
7.18 葉山マリーナ開業50周年 スイス・モントルーマリーナと姉妹クラブ提携
7.19 「みさきまぐろきっぷ」優待施設を追加
7.23 横浜市金沢区他6者と「環境未来都市 横浜"かなざわ八携(はっけい)協定"」締結
8.16 IR施設運営を見据えた新規事業プロジェクトチーム発足
11.8 鉄道ダイヤ改正(品川~羽田空港国際線ターミナル駅間を「✈エアポート快特」11分で運行)
11.10 京急ストア「かながわ彩り弁当」がフード・アクション・ニッポンアワード2014「販売促進・消費促進部門」優秀賞受賞
11.13 京急ストア、神奈川県と「連携と協力に関する包括協定」締結
11.17 「ザ・タワー横須賀中央」入居開始
12.5 「平和島物流センタ」竣工

2015年(平成27年)

2.26 台湾鉄路管理局と「友好鉄道協定」締結
4.1 「ウィング高輪EAST」リニューアルオープン
京浜急行電鉄(株)が京急鉄道施設(株)を吸収合併
4.25 「京急ツーリストインフォメーションセンター(京急TIC)コンシェルジュ」品川駅でのご案内開始
5.28 「ミシュラン・グリーンライナー」羽田空港~東京駅線で運行開始
6.26 「品川開発推進室」新設
10.1 (株)京急リブコ設立
10.14 日本鉄道賞表彰選考委員会による特別賞 「高度な安定輸送実現」特別賞を受賞
10.21 羽田空港国際線ターミナル駅に「ウィングエアポート羽田」が誕生
12.4 タイ・SRTETと「友好協定」締結
12.7 「モーニング・ウィング号」運行開始
12.11 京急蒲田駅高架下に「ウィングキッチン京急蒲田」開業

2016年(平成28年)

3.16 久里浜線延伸(三崎口~油壺(仮称)駅間)事業および延伸区間における三浦市三戸・小網代地区の大規模宅地開発事業凍結を発表
3.24 「京急EXイン 秋葉原」開業
3.28 横浜への本社移転を発表
4.1 京急鶴見駅前に「京急お忘れものセンター」開設
4.25 ウィングエアポート羽田に「品達 羽田」開業
4.27 「京急川崎駅前ビル」開業
「京急EXイン 京急川崎駅前」、「ウィング川崎」オープン
5.11 京急グループ総合経営計画を発表
5.20 (株)ホテルグランパシフィックを譲渡
6.23 「京急EXイン 品川・泉岳寺駅前」開業
6.29 「新規事業企画室」新設
7.12 ホームドア実証実験
8.8 全駅・トンネル区間で携帯電話利用可能に
8.25 「京急EXイン 東銀座」開業
9.1 「京急EXイン 高輪」リニューアルOPEN
10.1 京急百貨店創立20周年
12.22 2020年までに主要5駅へのホームドア設置を発表

2017年(平成29年)

1.23 「京急EXイン 横須賀リサーチパーク」リブランドオープン
3.28 京急線アプリ 配信スタート
4.4 川崎市と京浜急行電鉄(株)が包括連携協定を締結
6.17 「西武線発 みさきまぐろきっぷ」販売開始
6.29 「広報部」新設
7.14 「ウイングキッチン京急鶴見」オープン
7.15 「よこすか満喫きっぷ」販売開始
10.2 「貸し切りイベント列車」販売開始
10.5 「KEIKYU OPEN TOP BUS」運行開始、「みさきまぐろきっぷ」リニューアル
10.16 (株)京急ステーションサービスを(株)京浜急行電鉄が吸収合併
10.25 「京急EXイン 羽田」開業
12.1 シンガポールに京急線および京急グループ施設ならびに沿線への旅客誘致を目的とした業務委託事務所を開設

2018年(平成30年)

2.25 京急創立120周年

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